菌類と聞いてどんなものをイメージするでしょうか。食卓に並ぶシイタケ? お風呂場に生える黒いカビ? 病気をひき起こす細菌と混同されたり、じめじめした場所を好むことから、汚い、怖いといったイメージもある菌類。動物でも植物でもない不思議な生物ですが、私たちにとって最も身近な存在でもあるのです。菌類は、陸上にも、海中にも、ヒトや動物の体の中にも、あらゆる環境にすみついていて、その形や働きは驚くほど多様です。菌類とは、カビ・きのこ・酵母の仲間のことです。変形菌や細菌にも菌という名前がついていますが、こちらは菌類ではありません。また「菌類は目に見えないほど小さな微生物」といわれます。「カビはともかく、きのこはあんなに大きいのに微生物?」と疑問に思いませんか?

ウェンジア・タン/イラスト
リン・ボディ/著
白水 貴/監訳
斉藤 隆央/訳
創元社
2023年6月発行、2400円+税
この絵本では、身近だけれどあまり知られていない菌類の進化、多様な生態、私たちの生活や地球環境との関わりなどを、菌類生態学者がわかりやすく解説してくれます。たとえば、目に見えるきのこがなぜ微生物の仲間なのか。私たちが目にするきのこは子実体といって、胞子を作って分布を広げるための器官にすぎません。きのこの本体は、地面の下や倒木の中に張り巡らされた菌糸のネットワーク。菌糸は細い糸状の構造で、集まって菌糸束にならないと肉眼では見えないのです。その小さな菌類のひとつ、アメリカのオレゴン州で見つかったオニナラタケの菌糸体が、シロナガスクジラの重さを上回る世界最大の生物に認定されているというから、驚くほかありません。
近年、ほとんどの植物が菌類とパートナーの関係を結んでいることは、よく知られるようになりました。菌糸が植物の根に入りこんで「菌根」というしくみを作り、土から取りこんだ水と養分を植物に渡します。植物はかわりに、光合成で作った糖を、菌根を介して菌類に与えるのです。この共生関係は、5億年前、コケのような植物が陸に上がったときから続いているといいます。当時、陸地は岩だらけの過酷な環境で、生物はすべて水の中にいました。その際植物の上陸の手助けをしたのが菌類だと考えられています。コケには根がなく、痩せた大地から水や養分を吸い上げる力がありません。その役割を菌類の菌糸が担ったのです。もし菌類が存在しなければ、植物は上陸できず、現在のような緑豊かな陸上生態系は生まれなかったでしょう。植物が作り出す酸素のおかげで、生きるために酸素が必要な動物も上陸を果たしました。動物と菌類の関係も複雑です。菌類は死体やフンを分解するだけでなく、生きている昆虫などに取りついてマインドコントロールする種もあり、まるで意志を持っているかのようです。
人の生活との関係でいえば、抗生物質のペニシリンがアオカビから作られたことは有名ですし、コウジカビや酵母は、パンや調味料、酒造りに欠かせません。最近ではプラスチックを分解する菌類が見つかり、環境問題の解決に役立つのではと期待されています。ただ、人がひき起こした環境破壊や気候変動が原因で、多くの動植物と同様に菌類も影響を受け、絶滅しそうな種が増えています。物質循環など、生態系の中で重要な役割を果たしている菌類を、どう守っていくか考えなければなりません。
かつて、菌類は葉緑素をもたない下等な植物と見なされていました。20世紀後半になって、分子系統解析(DNAの塩基配列やアミノ酸配列の情報から、生物間の類縁関係を推定する手法)が発達し、菌類は動物にとても近いことが明らかになったのです。菌類や腸内細菌など、微生物の研究が飛躍的に進んだのは21世紀になってから。そうした最新の研究成果が盛りこまれていることは、この本の魅力のひとつです。ほのぼのとしたイラストも、多様な菌類の世界を鮮やかに描き出しています。小学校高学年からおとなまで、幅広い層にお勧めの1冊です。
なお、巻末に菌類愛あふれる解説を書いている白水貴さんには、監修を担当した『かび・きのこ』<菌の絵本>(農山漁村文化協会)のほか、著書に『奇妙な菌類 ミクロ世界の生存戦略』〈NHK出版新書〉があります。後者は一般書ですが、この絵本の内容をより深く知ることができます。
(科学読物研究会 新美景子)
*科学教育研究協議会(科教協)が編集する月刊誌『理科教室』の2024年7月号から、許可を得て転載したものです。
*出版社によるこの本の紹介記事は、下記のURLからご覧いただけます。
https://www.sogensha.co.jp/book/b10138054.html

































