これまでも『野生動物と共存できるか』(2006年)や『動物を守りたい君へ』(2013年)など野生動物との関わりについて中高生に向けて語りかけてきた筆者。今回も題名から察せられるように、ヒトと野生動物との関わりについての考察なのだが、この本がこれまでのものと趣きが少し異なるのは、これまでのものは主に「世界」の野生動物を広く対象に見てきていた感があるのに対して、今回はとても身近なところに暮らす野生動物を観察することから始まっているところだ。
「まえがき」によると現在73歳の筆者は小学生の頃、鳥取県の人口10万人ほどの「町の子」であったが、クラスの中に農家の子は数人しかいなかったものの、ほとんどの子が親戚に農家の人がいたという。だが、おそらくこの本を手にとっている現代の中高生は、親戚に農家の人がいる人は少ないのではないか。「つまり現在の日本の子供たちの多くは大小の違いはあっても『町の子』ですが、数十年前はそうではなかった(略)。」時代の変化に伴って何が起きたのかを伝えること、そして「いろいろな体験をしましたが、それまでの価値観を変えてしまうような出来事を体験することは、そうはありませんでした。ところが還暦を過ぎてから、そうした出来事を三度も体験しました。一つは2011年に起き、未曾有の被害を出した東日本大震災です。もう一つは、2020年からの新型コロナ禍です。これは2023年のいまも完全には収束していませんが、文字通り世の中が一変してしまいました。さらに2022年2月には、ロシアがウクライナに戦争を仕掛けるという、世界のルールをくつがえす非人道的なおこないを強行しました。こうした大きな社会の変化を見るにつけ、自然の持つ圧倒的な力、人の持つ弱さ、残忍さなどを目の当たりにすることになりました。」と本書を書くきっかけにふれている。
1章は筆者が暮らす小平市の玉川上水周辺に生息するタヌキの調査から始まっている。保全生態学の「スロス(Single Large Or Several Small = SLOSS)」という概念から考察して、センサーカメラを用いた調査で、周辺に存在する広い孤立緑地よりも玉川上水周辺のような連続的な緑地の方が、タヌキの生息にとって有効であることを明らかにしている。タヌキの習性である「ため糞」を調べることによって食性を分析した結果も興味深い。玉川上水という住宅街周辺に暮らしているにもかかわらず、意外にもポリ袋のような人工物が少なく、行動圏内にある津田塾大学の常緑広葉樹が多い植生が結果に現れている。そこから津田塾大学の建設時に砂埃を防ぐためにシラカシが植えられたことにふれ、タヌキの食性が歴史的なこととつながる不思議さが読んでいてなんとも面白い。さらに、タヌキの糞を利用する糞虫の存在も発見し、糞によって運ばれた種子から植物が芽生えていることも観察され、玉川上水周辺にタヌキをめぐる「リンク」が形成されていることが語られている。
一転して2章では「昭和という時代」と題して、団塊の世代と呼ばれる筆者の小学生の頃から大学に入るまでの様子が語られ、東京という大都市にヒトが集中していく時代の様子が書かれている。その流れで3章では、まずトイレの変化について述べられている。筆者の世代はいわゆる「ボットン便所」でバキュームカーが汲み取りにくる時代、2000年代に下水道整備がすすみ、読者世代は水洗トイレが当たり前となりウンチをしてもジャーッと流れてしまい、どこへいくのかどうなるのかが分からなくなっていると述べている。1章で語られたタヌキをめぐる「リンク」が現代のヒトにはなくなっている、切り離されてしまっていることをここで語っている。4章ではこれまでも述べられてきた野生動物と都市生活の関係に触れ、5章では若い読者に自然の「リンク」から切り離されている現代の生活を認識して、動植物を正しく理解することを提言している。身近に生息するタヌキの暮らしを通して、一動物としてのヒトの暮らし方を若い世代に問いかけている。
(科学読物研究会 遠藤美子)
*科学教育研究協議会(科教協)が編集する月刊誌『理科教室』の2024年3月号から、許可を得て転載したものです。
*出版社によるこの本の紹介記事は、下記のURLからご覧いただけます。
https://www.iwanami.co.jp/book/b628056.html

































