この絵本は、明治初期から150年にわたる「谷戸のくらし」の変遷を描いたものです。1軒の農家を中心にすえ、15場面にわたってその日常が事細かく描きこまれています。モデルとなったのは、東京都多摩市にある多摩センター駅近辺。そこは、八王子市から町田市、川崎市に至る多摩丘陵と呼ばれる、谷戸(雑木林などに囲まれた浅い谷のこと)の多い地形の中心に位置しています。高度成長期に開発が始まり、多摩ニュータウンができたところです。
私は、このモデルとなった場所の比較的近くに50年近く住んでおり、この絵本を手にした時は、衝撃を受けました。というのは、ちょうど開発が始まったころに引っ越してきて、多摩丘陵の変遷をつぶさに見てきたからです。
開発当初、縄文時代の遺跡があちこちに見つかり話題になりましたが、絵本にも、田んぼだったところで土器を発掘している場面が出てきます。また、明治時代この地の産業だった、笹から編む目かごを荷車に大量に積んで出荷するページを見て、昭和の終わりころまだ目かごを編む人がいたことをふと思い出しました。
その上、子ども時代を栃木県の農村で育った私には、絵本に出てくる農村のくらしも数多く体験しており、絵本全体にわたって、「そうそう! 知っている!」と思うことばかりでした。
それにしても、まだお若い著者の八尾さんが、体験したことが少ないであろうに、よくぞここまで調べて描かれたことよと感心しています。また、本の最後には、各ページについてのくわしい解説が載っており、より理解しやすい工夫もされています。その解説文は、編集部で書かれたとのこと。著者と編集者の見事な共同作業です。その解説を読んでから本ページに戻ると、見落としていた絵の細部が生き生きと見えてきます。なんど見ても新たな発見がある絵本でした!
ためしに、孫たちに見せると、初め「ふーん」というだけでしたが、じいじやばあば、また、あなたが生まれたころのことなどと、身近な例を付け加えながら一緒に見ていきました。すると、絵をじっくりと見始め、あるページの小さな小さな絵を指さし、「3本の松が切られた!」と。最初のページから登場していた松、村の象徴のような存在だったであろう3本松が、開発の中で切りたおされていたのです。定点観測なので、同じ場所がどのように変化しているかがよくわかるのです。孫たちにも、自分が住んでいるこの地がどのように変わってきたか、他人事ではないことを実感したようです。
でも、この絵本に出てくるくらしの変遷は、日本中どこでも起きていたことであり、だれもが自分の住んでいる場所の移り変わりを考えるきっかけになるだろうなと思いました。
絵本の構成は、右ページに暮らしの変遷が事細かく描かれ、左ページは16羅漢のくりかえしです。一見単純なようで、実は左ページにも物語があることに気が付きました。イノシシ、タヌキ、キジ、イタチ、オオムラサキ、ギンヤンマ‥‥その時々に村に身近にいたであろう動物や植物が、羅漢のまわりに次々と登場しています。おだやかな、時には茶目っ気のある表情の羅漢に見守られて…。それが、途中から生きものの姿がぴたっと消えます。そして、あるページの羅漢の様子がちょっと異なっていたのです。
表紙と裏表紙には 農家の“昔”と“今”の姿が描かれていますが、何もかも変わってしまった中で、変わらないのはこの16羅漢だけでした。これから先も物語は続いていくことを暗示しているように受け取れますが、150年先にどんな世の中になっているか、想像もつきません。羅漢さまに見続けてほしいと、おもわず頼んでしまいました~~。
最後に、見返しの使い方にも、びっくり仰天したことを付け加えておきます。コピーして、切り貼りすると、なんと10メートルにもなる絵巻物ができたのですから。コロナが収まって、おはなし会が再開されたら、この絵巻物をみんなで楽しみたいと思います。
高柳芳恵(科学読物研究会)