一生のほとんどを土の中で過ごすセミたちは、ある夏の日に地上に出てきてやっと大人になります。アメリカにいる素数ゼミと呼ばれているセミたちは13年間、あるいは別の地域では17年間もの長い間、土の中でその日が来るのをじっと待っているのです。でも、セミはどうやって13や17という数字を覚えているのでしょう。
この本はこの不思議な謎を見事にわかりやすく説明しています。イラストも楽しく、子どもから大人まで充分楽しめる内容です。著者である吉村教授は一般向けの本はこれが初めてだそうですが、これからも是非たくさんの本を書いてほしいですね。
ミンミンゼミの半分くらいしかない小さな素数ゼミたちが生き残るためにどんな戦略を使ったのか知ること、それは素数の性質を知ることでもあるのです。ここで、そのわくわくするような謎解きを紹介することができないのがとても残念です。
科学読物研究会 森 裕美子
昆虫のセミは、地面の中で6〜9年の幼虫時代をすごすが、日本ではふつう、同じ種類が毎年発生する。
ところがアメリカ東部と南部には、「13年ゼミ」と「17年ゼミ」というセミがいる。幼虫時代を13年、17年も地面の中で暮らし、ある町で今年発生したら、次に見られるのはぴったり13年後だったり、17年後だったりする。周期的に大発生するので「周期ゼミ」と呼ばれる。
2004年は、5月から6月はじめにかけて「17年ゼミ」15億匹!が大発生したとニュースになった。その多さときたら、平均すると1平方メートルに40匹。昼間は鳴き声がうるさくて、電話も聞こえないほどだという。
1、なぜこんなに長年かけて成虫になるのか?
2、なぜこんなにいっぺんに同じ場所で大発生するのか?
3、最大の謎は、なぜ13年と17年なのか?
これらの謎に、何人もの研究者が挑んできた。
たとえば『アニマ』の記事(1)によれば、ニューヨーク大学の数理学者は、周期ゼミの個体数、補食者の個体数、幼虫の生存率から、10年以下の生活史をもつものは、同期生を持たないがそれ以上では同期生を示すことがわかった。それぞれが同時期に、同じ林に発生することはめったにないという。また、(2)にも解説が書かれているが、どれもはっきりとした答えは出せなかった。
この本の著者は、生物学者で、一見して数学と関係のなさそうなセミの生態の謎を、「素数」と「進化」をキーワードにして、解いてみせる。そしてこれらのセミに「素数ゼミ」という新しい名前をつけた。これは仮説だが、その真実らしさ、その明解さ、おもしろさに脱帽してしまった。 著者は、『アメリカン・ナチュラリスト』(1996年)という雑誌に、「氷河期における周期ゼミの進化的起源」として論文を書き、それをもとにしてこの本を書きおろした。
この本によれば、幼虫時代が長いということは、「栄養状態が悪い」、「気温が低い」過酷な環境をくぐり抜けて来たからに違いない。それは180万年前の氷河時代にちがいないと推定した。氷河時代を生き抜いた結果なのだと。地球の温度変化が、長時間続いたことで、セミが「進化」し、生き物の生態を変えたのだと。
13と17は、最小公倍数221が十分大きい。数が大きいほど、「絶滅の心配が少ない」「交雑しないで、より多くの子孫を残しやすい」鍵となるのだと解いてみせた。そして幼虫時代が17年以上では、生物として長すぎるだろうと。素数、ひいては数学というものの不思議をあたらめてみなおした。素数を勉強した中学生ならば、おもしろくよめるだろう。
イラストは、写真と絵をうまくつかって明快だ。本文の説明を大変わかりやすく、興味をわかせるのに大きな役割を果たしている。著者紹介によると、イラストの石森さんは、昆虫少年だったので、虫や動物の絵は大の得意だという。
(1)『アニマ』1980年2月号にクリス・サイモンによる「「17年ゼミ」の知られざる世界」
(2)『セミの自然誌』(中公新書/中尾舜一/中央公論社/1990年p124-132)
科学読物研究会 赤藤 由美子