「2020年1月、チバニアンという時代が誕生した。はじめて日本の地名が地球の歴史に刻まれた瞬間だ」で始まるこの本は、「チバニアン」という名前が誕生するまでの物語です。
チバニアンは訳すと「千葉時代」という意味で、地質年代の77万4000年前から12万9000年前の間をさします。なぜそれが千葉に関係しているのかというと、それはその時代の地層が千葉県市原市の養老川沿いにある露頭で見ることができるからです。
77万4000年前と聞くとすごく古いように思うかもしれませんが、46億年の地球の歴史全体から見るとほんの少し前のことなのです。この地層は深い海の中でできたのに、今では立派な陸地になっています。こんな若い地層が陸になっている理由は、房総半島が日本一のスピードで地面が隆起しているからです。
地質年代区分が区切られるというのは、その前後で何かの変化があるからですが、77万4000年前の区切りは地磁気の逆転です。チバニアンのことはニュースでも取り上げられていたのでご存知の方も多いと思います。それで、地球ではいままでに何度も地磁気の逆転が起こっていたということは有名になりました。
私はチバニアンのことを初めて知ったとき、最後の地磁気逆転と聞いて、チバニアンの時代全部が、地磁気逆転している時代なのかと思ってしまいました。どういうことかというと、77万年4000年前に今とは逆の地磁気になって、12万年9000年前までそれが続いていたのかと勘違いしてしまったのです。でも本当は、今と逆の地磁気になっていたのは77万4000年前よりも前で、そこから2000年くらいかかって今の地磁気になったわけです。
千葉のその露頭には、地磁気が逆になっている地層、地磁気がだんだん弱くなってはっきりしない地層、そして地磁気が今と同じになっている地層がそろっている貴重な場所になっています。12万9000年前の区切りというのは、地磁気の逆転ではなく、次の時代をあらわす別の理由なのです。
地質区分の境目を決めるのは国際層序委員会という学会で、その基準に選ばれた地層にはゴールデンスパイクという印が打たれることになります。世界では75カ所あるそうです。最後の地磁気逆転の基準地を決めるとき、候補にあがったのがイタリアの2か所と千葉でした。この中から一カ所を決める選出審査は2013年から始まったのですが、2020年に千葉に決定するまで熱い戦いが続きました。本にはこの様子が詳しく書いてあるのでぜひ読んでみてください。
著者の岡田誠さんは日本チームのリーダーでした。学生時代の研究が地磁気の逆転だったことからリーダーになったいきさつや、二転三転する選出の行方に大変苦労されたことがよくわかります。イタリアの2か所は、初めのうち地磁気の逆転の証拠が弱かったのですが、アッというような調査を使って挽回してきたのです。
それは地層の中にあるベリリウム10 (ベリリウムの同位体で半減期が150万年)の量を調べて証拠とする方法です。地磁気が弱くなると地球のバリア力が減ってエネルギーの高い宇宙線がたくさん入ってきます。すると大気中の窒素や酸素が壊れ、ベリリウム10が増えてしまうのです。地層の中のベリリウム10の量を調べて変化があるかどうかを調べるわけです。さあ、この挽回に対して日本チームはどのような作戦をとったのでしょう……。
「地層は偉大なタイムマシン」と岡田さんは言っています。私たちが地層を読み解くことは難しいのですが、この本ではそれをひとつひとつていねいに説明してくださっているので初めて地層に触れる人でもきっとその面白さを感じられるでしょう。
この露頭にゴールデンスパイクが打たれたら見に行きたいし、77万4000年前という時を示してくれた白眉(びゃくび)火山灰層や養老川の川底にある生痕化石も探してみたいです。房総半島にはほかにも地震の隆起のあとがはっきりわかる見物海岸や、山の中にサンゴが見つかるサンゴ沼などたくさんの見どころがあります。ぜひこの本を持ってお出かけください。
森 裕美子 (科学読物研究会)