この本は、絵本仕立てで、小学校の高学年以上を読者対象として、企画、制作されている本であろうと推定することができるものです。全体的には、この本にはとてもいい印象を受けました。著者である杉原さんの誠実な人柄を感じさせてくれる内容になっているからです。
「だまし絵」の描き方の図解入りの説明や、コピーをして切り抜けば「だまし絵立体」を作ることのできる展開図も付いていますから、子ども達自身が「だまし絵」を楽しむことができるようになっています。そのうえ、早川司寿乃さんの絵は、丁寧な細い線描のペン画で、登場する男の子、女の子、きつねは、堅苦しい説明の雰囲気を和らげているだけではなく、エスプリとユーモア感覚が生かされたイラストにもなっています。
しかし、以下に、欲張った注文を書いておきたいと思います。それは、本の構成、ストーリーライン(エピソードの並べ方)についての注文です。
この本は、「だまし絵をかんさつしよう」「だまし絵をえがいてみよう」「だまし絵立体を作ってみよう」「ずるくないだまし絵立体」「なぜだまされるのでしょう」「おわりに」という順にエピソードが並んでいます。確かに、読者としての「子ども」を意識しているのですが、まだまだ不十分であるという印象を受けます。それは、「おわりに」を読んだ時に、その理由が明白になりました。
「だまし絵は、私たちの目には立体を正しくあらわしていないように見えます。ところが、中には、ロボットに見せると立体をあらわしているという答えがかえってくるものもありました。はじめはロボットに組み込んだプログラムがまちがっているのだろうと思ったのですが、そうではありませんでした。だまし絵の中には、本当に立体をあらわしているものもあることがわかってきたのです。この発見のおもしろさをみなさんに伝えることができたらいいなと思って、この本を書きました。」
科学についての話題を題材とし、読者である子ども達を意識して、企画、制作される「科学読物」は、子ども達の頭脳ばかりではなく、五感を含む全能力を十二分に発揮させてくれるもの方が優れたものであると言えるでしょう。このように考えるならば、よく整理された、頭脳のみを刺激するような内容のものよりも、著者や登場人物たちの活動を通して、体験を共有化できるような内容のものの方がより優れていると言えるでしょう。
この本の構成は、よく整理された説明文という体裁になっています。ですから、杉原さん自身が試行錯誤をしたプロセスを追体験できるようなストーリーラインになっていないのです。読者である子ども達が、杉原さんとともに、だまし絵を研究することの面白さを、ともに分かち合えるようなストリーラインで書いて欲しかったなと、とても残念に思いました。
科学読物研究会 根本 行雄